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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)4784号 判決 1958年7月11日

茨城県北相馬郡取手町大字取手甲七百九十一番地

原告

下田曲之

右訴訟代理人弁護士

横地秋二

原田一英

東京都豊島区巣鴨六丁目千三百三十番地

被告

千葉泰資

同所同番地

千葉良久

同所同番地

桂商事株式会社

右代表者代表取締役

千葉良久

右被告三名訴訟代理人弁護士

岡田喜義

主文

被告千葉泰資は原告に対し

(一)東京都豊島区巣鴨六丁目一三三〇番地

家屋番号同町甲一三三〇番三

一、木造瓦葺二階建旅館 一棟

建坪 三十四坪四合五勺

二階 三十一坪五合八勺

(二)同所同番の四

一、宅地六十三坪三合九勺

につき昭和三十一年六月二日代物弁済による所有権移転登記手続をせよ被告三名は原告に対し右建物を明渡せ

訴訟費用は被告等の負担とする

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決と右明渡の部分について仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、主文掲記の建物と土地はもと被告千葉泰資が所有していたものであり、同建物は被告三名が共同して占有使用しているものである。

二、原告は昭和三十年十二月二十七日被告千葉泰資に対し金二百万円を利息一箇月四分毎月末日に限りその月分を支払うこと、元本は昭和三十一年一月より同年十二月まで毎月十五万円宛昭和三十二年一月に金二十万円を各月末までに支払うこと、利息又は元本割賦金の支払いを一回でも怠つたときは期限の利益を失うという約束で貸付け、同被告は右債務を担保するためにその所有に係る前記建物土地に対し原告のために抵当権を設定し且被告が前記債務を履行しないときは原告はその一方的意思表示により右建物及び土地を債務残額の代物弁済として取得できる旨を約定し、現にこの建物を占有している被告三名は右約定により原告が右建物の所有権を取得した場合には直ちにこれを原告に明渡す旨を約束した。

三、被告千葉泰資は昭和三十一年五月分の利息並に元本の割賦金を期月に支払わないので原告は昭和三十一年六月二日内容証明郵便を以て同被告に対し本件建物土地の所有権を前記約旨により代物弁済として取得する従つて所有権移転登記手続をなすこと、ならびに被告等三名に対し、右家屋の明渡をなすべきことを通告し、同郵便は翌三日到達した。

よつて被告等に対し本訴請求に及ぶと述べ

被告等の主張に対し、被告千葉泰資がその主張のような供記をしたことは認めるがその他は全部否認する。貸金二百万円の内百二十万円は同被告の明白な同意があつたのでこれを訴外田川に交付したのである。従つて同被告には百二十万円を現実に交付しなかつたが、経済上同一の利益を与えているので消費貸借成立の要件である要物性は十分みたされている。

期限の猶予について原告は訴外田川に、これが代理権を与えたことはないし、原告自身も同被告からの期限の猶予の要請を直接拒絶した。また本件代物弁済に関する契約は、公序良俗に反したり暴利契約であるとするいわれはない。すなわち原告は自転車預業を営む一介の田夫であり金融に関する知識経験は全くない。しかるに被告は東京都においていわゆる温泉マーク式旅館を営み金融にも長じ営業も繁昌している。かような両者を比較しても原告が同被告の窮状に乗ずる如きことはあり得ない。又一回でも割賦金の支払を怠つた場合に通知を要せず代物弁済として担保物件の所有権を取得し得る旨の約定は、賃貸借契約等の継続的法律関係における賃料の一回の不払などとは異なり、貸金の月賦返済の遅滞にあつては右の程度の約定は不当ではない。しかも原告は被告等の遅滞が三回目に及んで始めて右の権利を行使したのであるからこれが信義則上も当然許容される。本件担保物件の契約当時の価格は四百万円弱であるから債権元本二百万円の代物弁済の目的としては不当に高額のものとはいえないし、また債権額残額の代物弁済の約定といつても当初の割賦金を不履行する可能性も考えられるし、本件にあつては、残存元金百四十万円の代物弁済として前記のような四百万円弱の物件を取得するのであるから決して不当ではないのである。と述べた。

立証として甲第一乃至第三号証を提出し証人田川猛(一・二回)同下田恒子の各証言原告本人尋問の結果を援用し乙第七第十号証の成立は不知その他の同号各証の成立を認めた。

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告請求原因事実一、二の点、三の内原告主張のような通告を受領した点は認めるがその他を否認する。

原告は金二百万円を貸与したと主張するが実質上同被告が受領したのは僅かに八十万円に過ぎない。それにもかかわらず同被告は昭和三十一年一月分として元利金二十三万円、二月分同二十二万円、三月分として二十一万八千円、四月分として同二十一万二千円をそれぞれ遅滞なく支払つて来た。同年五月分の割賦金については、原告の代理人である訴外田川もまた原告自身も翌六月十日までその支払延期を承認した。しかるに、同月三日に原告より同被告宛に代物弁済による所有権取得を通告してきたので大いに驚き不審ではあつたがともかく同被告は、同八日原告に対し五月分として金二十万六千円を現実に提供したが受領を拒絶されたのでやむなく同月九日これを供記し、また六月分も受領の拒絶を受けるのは必然なので同年七月三日金二十万円を供託した事情にある。

以上の事実関係から被告は次のように主張する。

(一)  原告のなした代物弁済による所有権取得は本来の債務の弁済期が債権者から延期を得ておるので、その期限の到来前に係るから無効である。

(二)  割賦弁済の期限に一度でも遅滞があると原告の一方的な意思表示を以て代物弁済として担保物の所有権を取得できるとし、しかも右物件の価格が本件残債権額百三十五円に比して四倍以上もするような場合は、右契約は、債務弁済の不履行に対する制裁としては酷に失しまた暴利行為として公序良俗に反し無効である。

(三)  かりに然らずとしても従来割賦金の支払いを一回でも怠つたことのない債務者に対し、前記のような契約がありとしてもたつた一回の割賦金支払が延びたからといつて一応期限付催告による警告をもなさず直ちに代物弁済を実行するが如きは権利の濫用である。

(四)  本件貸借のおこりは、被告千葉泰資が昭和三十年六月十日に訴外田川猛から百万円を借用し利息を一回怠つたことを理由として同訴外者から本件建物の代物弁済による所有権取得を強張され、その猶予方を懇願したところ原告より二百万円を借用しやるから自分の方にその内百二十一万円を支払えというので同被告もこの窮状に止むなく右田川の申出に応じたによるのである。原告と同被告との間に本件消費貸借契約が締結されると、原告は前記百二十万円を天引し、同被告には僅かに八十万円を交付したに過ぎない。他方訴外田川は人の窮迫に乗じ不当の利益を獲得する目的で金融をして居るとも聞き及ぶので、本件も右田川と原告とが共謀の上本件土地建物を安い対価で取得し本件旅館の乗り取りを図つたものであるから右代物弁済はもとより民法第九十条に違反し無効である、と述べた。

立証として第一乃至第三号証第四第五証を提出し証人鶴田弘の証言、被告千葉泰資来人尋問(一、二回とも)の結果を援用し甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

主文掲記の建物と土地はもと被告千葉泰資が有所していたところ昭和三十年十二月二十七日原告は同被告に対し金二百万円を原告主張のような約定の下に貸付け、且、その主張のような代物弁済に関する特約をなし、被告等三名は原告において右代物弁済の結果その建物の所有権を取得したときは直ちに原告に対し右建物を明渡す旨を約束したという事実及び現に被告等がこの建物を占有していることは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一、二号証乙第一、八号証人田川猛の証言(二回)で成立を認め得る乙第七号証と証人田川猛(一、二回)同下田恒子同鶴田弘の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、被告千葉泰資は旅館業を営むべく新築した本件建物等の諸支払に追われ昭和三十一年六月訴外田川猛より金百万円を利息月五分月始日支払、一回でも怠ると、期限の利益を失う約旨で借用し、本件建物の上に抵当権を設定した。しかるに同被告は利息四箇月分の支払を怠つたので同訴外人より強くこれが弁済方請求されたので同被告は訴外田川に対し他から二百万円の借用をあつせんしてくれれば同訴外人の借金を返済するといつた。訴外田川は原告にこのことをはかつたところその承認を得たので原告と同被告との間に本件消費貸借契約が成立し、同被告も承知したので原告は内金八十万円を現実に同被告に交付し残る二十万円は右訴外者に渡した。本契約に際し、同被告は、原告に対し毎月の元本割賦金及び利息の合計額を額面とする同被告振出の約束手形十三通を預けた。同被告は昭和三十一年一月末二月末の割賦金は無事支払つたが同年三月末支払の手形は不渡となり後に同被告の買戻により漸く支払いが出来たが、同年四月末の分は、またも不渡りとなり、翌月二日、その懇請により原告も止むなく、同月十五日まで延期し、やつと右四月分の決済が出来た。しかるに同被告は五月末頃、またも四月分の支払が困難なため、仲介人である前記田川に対し、支払延期の通達方を懇願し、同訴外人も一応原告にこれを通じたが原告より被告が満足に割賦金を支払つたは二回分だけで将来も案ぜられるから断固として延期を拒否すると強くいわれた。同被告も自ら原告方に赴き右の延期を懇請したが、本人との直接の話合いなので訴外田川に対する程は強くはなかつたが、ともかく延期は承知しなかつた。それでも同被告は原告が延期の件をそれ程強く拒絶しなかつたため、同月末日一るの望をもつてこの手形の支払場所である三菱銀行大森支店に来たが原告はもちろん訴外田川も来行せず遂にこの手形も不渡となつた。そして同被告は原告より同年六月三日前記約旨に基き代物弁済として本件建物並に土地の所有権を取得した旨の通告を受けたのであつた。

かような事実が認められる。

よつて本件の争点について順次判断をする。

(一)  被告等は原告より本件割賦弁済期の延期を得たと主張するが前記事実からこれを肯定することはできない。

(二)  割賦金弁済の期限に一回でも遅滞があると債権者の一方的意思表示を以て目的担保物件の所有権を代物弁済として取得できる契約の効力、特に代物弁済の対価たる債権に比し目的物件の価格が四倍以上もする場合にはこの種契約は暴利行為として公序良俗に違反して無効であると被告等は抗争する。

しかしながら消費貸借における割賦金契約に関するいわゆる過怠約款と、賃貸借契約における賃料支払についてのそれとは同一に論ずることは許されない。仮に後者の場合に一回の賃料延滞により当然賃貸借は契約の解消を来すとする約款に対し、往々にその無効を宣言する幾多の判例があるが、それは賃貸借契約の突然の終了は賃借人の住生活における生存権を脅かすことが多いことを考慮したものであり、単なる暴利契約を制肘する趣旨だけのものではない。それ故に一般的に論ずれば消費貸借におけると、賃貸借におけるとその過怠約款に対する干渉は前者の場合がより弱いといい得る。このことは法律の根拠をみても、後者の場合には特に借家法等一連の賃借人保護の特別法の存在することからも明かであろう。もつとも消費貸借における過怠約款の有効無効を論ずるには具体的に、その内容である代物弁済の目的物件の価格と債権額との比較も甚だ重要であることはもちろんである。すなわち客観的に対価が甚だしく均衡を失するということさえ立証されれば、相手方の窮状に乗じたというような主観的要件は自ら推測され得るからである。よつて本件代物弁済の目的の価格を考察すると、この不動産の前記契約である昭和三十年十二月当時の売買価格は、鑑定の結果と成立に争いのない甲第三号証によると、金四百数十万円を以て相当とし、本件の貸金二百万円の二倍強にあたりまた、現に代物弁済を実行した当時の貸金残元本百三十五万円に対しても三、五倍弱であるといい得る。かような程度の利益の不均衡を以て直ちに相手方の窮状に乗ずるといつたような、或はその他の主観的要件を推測せしめるのは困難である。また本件においてはかような要件を認定し得る証拠はない。

しかもさらに過怠約款の効力を判定するには、従前債務者が債務の履行に忠実であるかどうか将来過怠の危険性あるかどうかの点も考慮する必要はあろう。本件二百万円の貸借成立の原由は前認定の通り、右貸借の仲介人である訴外田川に対する被告千葉泰資の割賦弁済が滞り勝ちであつたことにあることを思うと、この面においても本件消費貸借における前記代物弁済についての過怠約款は、公序良俗に違反するものと断ずべき限りではない。

なお被告等は一回の割賦金の支払が延びたからといつて、代物弁済の予告もなしに直ちにこれを実行するのは権利の濫用である旨を抗争するも、同被告はそれ以前二回も割賦弁済を遅滞していたこと前認定の通りであるし、前判断の趣旨からしてもかようなな抗弁の採用できないことは明白である。

(三)  ただし本件代物弁済に関する約定には、「担保物件を債務残額の代物弁済……」とする趣旨のあることは前記甲第一号証によるも明白であり従つて例えば本件において二百万円の内殆んど大部分を弁済し終り不幸にして極く僅少な残額の場合でもこの残額の支払がなければ代物弁済を実行し得る趣旨に解せられる。従つてこの見地からすれば債務者が誠実に多くの弁済をすればするだけ不当な損害を受け相手方はそれだけ不当な利得をすることになる。いわば、債務者の誠意に由来する射倖的暴利契約というべくこの条項の有効性は疑わしいものといえよう。但し契約の中にはその一部分の効力を否定すれば当然その全体が無意味に帰する場合もあるし、またその一部分のみを無効にしても他の部分のみで意味を有する場合もあり得る、前者の場合は契約全体を無効とし後者の場合にはその部分のみの効力を排斥し他の部分の効力を維持をせしむべきである。本件代物弁済契約においても債務「残額」とある部分は前記意味において特別の事情のない限り公序良俗に反するものとして無効というべく、その他の部分についてはこの契約の効力を維持せしめて格別の不都合はないと考える。従つて本件代物弁済契約には債務残額とあるも、この残額のないものと同視して解決すべきが相当であるから、債務者が一回でも割賦金の支払を怠り代物弁済として目的物件の所有権を債権者に移転せしめられた場合においては一般法理に従い既に支払つた割賦金の部分は不当利得として返還を受け得るべきものと解する。かくして本件のような代物弁済契約もその全体をして直ちに無効となると即断すべきではない。

(四)  被告等はさらに原告と訴外田川とが共謀の上本件不動産を不当に安い対価で取得することを目的としたものであると抗争するが、かような事実を確認するに足る証拠はないのでこれまた排斥する。

以上の判断によれば原告の本訴請求は正当であるのでこれを認容し民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文のように判決をする。

なお原告は明渡を求める部分について仮執行の宣言を求めているが当裁判所はその必要のないものと認め、これが宣言をしない。

昭和三十三年七月十一日

東京地方裁判所民事第十六部

裁判官 柳川真佐夫

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